心に届く俳句を作りたいと思っています。
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川西市平野にあるコーナンの屋上駐車場から撮影しました。
「三ツ矢サイダー」のマークが見えました。
『三ツ矢サイダー発祥の地』という道しるべがあり、そのまま行くと行き止まりになってしまい、あったのはこの三ツ矢サイダーの塔屋でした。




そこで撮影したのがこの一枚です。
自動販売機の一台でもありはしないかと期待して行ったのですがなーんにもありませんでした。
ホームページによると休館中だそうです。はやく復館してもらって平野の湧き水を見ながらサイダーをごくごく飲んでみたいです。




三ツ矢の名前の由来(ウイキペディアから)
 

平安時代中期、摂津源氏の祖源満仲住吉大社大阪市住吉区)の神託に従い三つ矢羽根の矢を放ち、矢の落ちた多田(現在の兵庫県川西市多田)に居城(新田城、多田城)を建てたという伝説による。満仲はこの矢を探すのに功労が大きかった孫八郎という男性に、領地と「三ツ矢」の姓と三本の矢羽の紋を与えた。そして満仲はある日鷹狩りに出かけた際、偶然居城近くの塩川の谷間で、一羽の鷹が湧き出ている水で足の傷を治して飛び立つのを目撃した。この湧水が霊泉としてあがめられ、付近の住民がこの天然鉱泉を入浴として利用し、明治初年頃まで「平野温泉郷」として存続した。

江戸時代、平野鉱泉は、付近にある多田神社(当時は幕府より寺領5百石をあたえられた寺)の用人(家老)、三ツ矢旗兵衛の領地であった。明治期になり、来訪した外国要人に提供する良質な水を探すため明治政府は日本全国で水質調査を行った。1881年(明治14年)、イギリス人理学者ウィリアム・ガランが平野鉱泉の水を分析したところ、炭酸ガスを多く含み「理想的な鉱泉」と認定し、当地に炭酸水を汲む御料工場が建設された。その後御料工場は三菱に払い下げられ、権利を得た明治屋が1884年(明治17年)に三ツ矢伝説から名称を取り入れた「三ツ矢平野水」と「三ツ矢タンサン」を発売した。平野鉱泉の水は「平野水」として広く世間に認知されるようになり、「三ツ矢」の商標も確立した。この「平野水」は、広辞苑では炭酸水の代名詞として記載されている。

上のウイキペディアの説明と若干重なってしまうのですが、インターネットで調べてみました。
このあたりでは平安時代から良質の水が湧き出していたそうで、このあたりの湧き水を『平野水』といって一番最初に目をつけて世に送り出したのは明治時代の宮内省だそうです。
1884年『三ツ矢平野水』という名で売られたのが始まりだそうです。宮内省→三菱→明治屋と会社がかわり、明治屋から帝国鉱泉に変わったときに、『三ツ矢シャンペンサイダー』という名前に変わります。
シャンペンという名前の使用が不可になり、『三ツ矢サイダー』という名前になったそうです。

残念ながらフェンスで囲まれていて入れませんでした。ただ、踏切のところまでは歩いていくことができこのような線路の撮影ができました。



 

我知らずスタンバイミー口ずさみ


       【われしらず すたんばいみー くちずさみ】







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